仏 像と仏師の世界 日本の仏教美術を今日に伝える名仏師たちとその作品 仏 像彫刻の鑑賞に役立つ知識情報も満載
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仏師 平野千里
作品のご紹介
大日如来   孔雀明王   地蔵菩薩   吉祥天

大日如来

 

孔雀明王

 

地蔵菩薩

 

吉祥天

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作者のご紹介
仏 師 平野千里  

西洋彫刻の躍動感、父の遺した彩色の妙、それを集約した美の世界が僕の目指す到達点

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松久朋琳・宗琳師の内弟子として12年間修業

彩色木彫の第一人者・平野富山を父に持つ千里氏は、20歳でイタリア国立ローマ・アカデミアに留学。しかし勘当同然のイタリア生活20年間であった。「父の彩色木彫より、近代的で躍動的な西洋彫刻が魅力だったんですね。40歳の時に父に頭を下げて帰国して弟子となりましたが、半年後に父が亡くなり、教わったのはわずか5カ月間でした」。  
彩色は普通10年はかかる世界。それが5カ月でできたのは、千里氏のイタリアでの彫刻とデッサンの実績、さらには日本木彫界の巨匠だった平櫛田中に彩色を父富山がやっていたという、恵まれた環境に育ったことも大きい。
「僕は骨の随まで極彩色の彫刻家なんでしょうね」と語る千里氏。目指す華麗な美の世界はまだ通過点でしかない。

 
Profile
 

平野千里(ひらのせんり)

 
1948年

東京に生まれる

1966年

都立小石川高等学校

1968年

ローマ・アカデミア美術学校彫刻科

(ペリクレ・ファツィーニ教室入学)

1972年

ローマ・アカデミア美術学校卒業

1981年

平野富山・千里親子展(大阪大丸心斎橋)

1988年

20年におよぶイタリア・ローマ滞在生活に終わりをつげ帰国

1989年

父・富山死去 第21回日展入選

1990年

大徳寺総見院に等身「古溪宗陳像」を納める

1996年

第20回日彫展入選、第22回日展入選

第86回大平洋展 大平洋美術会賞受賞

1991年

大平洋美術会会友となる

第21回日彫展奨励賞受賞、第23回日展入選

1992年

第22回日彫展奨励賞受賞

個展(大阪大丸心斎橋)

1993年

第23回日彫展日彫賞受賞 大平洋美術会会員となる

個展(京都大丸)

1995年

清水市が不動三尊像(不動明王、制咤迦童子、衿羯羅童子)

を買い上げ市立図書館に設置する
第25回日彫展出品

1996年

日彫会を退会し木彫彩色に専念する

1998年

荒川区ふるさと文化館に「芭蕉、旅立ち」像を建立

同時に開館記念として、平野富山、千里親子展開催
第94回大平洋展にて、文部大臣奨励賞と会員秀作賞受賞

1999年

長野市活禅寺に無形老師(初代管長)ブロンズ像と木彫像を納める

2005年

荒川区より特別功労者として表彰

2006年

三田林泉寺本尊 阿弥陀如来像を修復

 

岡山天満屋、高松天満屋で個展

西洋彫刻の“動”、日本彫刻の“静”を追究するシンボリックな表現の世界

「僕が学んだ西洋彫刻を瞬間的ポーズを追究する“動”とするならば、これに対して日本の彫刻は床の間に合うような“静”を追究する、シンボリックな表現の世界」、そして「極彩色木彫は日本の彫刻」と言い切る千里氏。彩色木彫は色合いの派手さから彩 色で評価されがちだ。しかし、千里氏は素材としての木にテーマを表現した形にすることで60〜70%が決まるという。「ひと塊の木に、そのすべてを託して僕は彫り続ける」、父に近づくために。

仏師 平野千里
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