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“百尺の竿頭に一歩を進む” 日々、絶対絶命の境地でなお一歩を模索する心の修業
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松久宗琳先生の後ろ姿を追いかけて34年
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大仏師松久朋琳、宗琳先生に師事して以来34年。未だに未熟を悟りながら宗琳先生の後ろ姿を追い続ける。「百尺の竿頭に一歩を進む」、倶忘師の好きな禅語である。「もう先はない、これ以上進めば落ちるという絶対絶命の境地に陥っても、なお一歩を模索する」という意味である。
これはまさに朋琳、宗琳両先生の遺した教えであり、「口先の言葉より努力の結果を示し、より美しく、力強く、人の心を引きつける御仏を形に現すことが、仏像彫刻に心を込めること」と、生涯心の修業を誓う。なお、「倶忘」は鎌倉建長寺の吉田正道管長から拝受した道号である。
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Profile |
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由谷倶忘(よしやぐぼう)
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| 1949年 |
青森県むつ市に生まれる
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| 1972年 |
京都仏像彫刻研究所(後の大仏師松久宗琳仏所)入門。
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| 1974年 |
宗教美術展出品。以来同人として毎年出品
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| 1980年 |
独立。奈良に工房をおく
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| 1983年 |
奈良にて個展
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| 1988年 |
大阪阪急にて個展
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| 1992年 |
現代仏教美術展出品。以来会員として毎年出品
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| 1993年 |
鎌倉建長寺管長吉田正道猊下より仏師倶忘の道号を拝受。
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現代仏師協会設立に参加
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| 1995年 |
第一回現代仏師協会展(奈良)出品
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| 1997年 |
第二回現代仏師協会展(京都)出品
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| 2000年 |
第三回現代仏師協会展(大阪三越)出品
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| 2005年 |
第四回現代仏師協会展(神戸)出品
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| ●主要造仏尊名 |
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東京深川 臨川寺
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芭蕉像
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博多 承天寺
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聖僧文殊菩薩像 釈迦如来三尊像
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鎌倉 建長寺
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聖観音菩薩像 聖僧文殊菩薩二羅漢像
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比叡山 明王堂
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上原行照大阿闍梨念持仏大黒天像
軍荼利明王像
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結城 大輪寺
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不動明王像 毘沙門天像
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川崎 王禅寺
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四天王像
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広島 龍玄院
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蔵王権現像 愛染明王像 軍荼利明王像
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東京板橋 安養院
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六観音菩薩像
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東京瑞穂 福正寺
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山門二天像 釈迦如来像 釈迦十大弟子像
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四国西条 石鎚神社
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石鎚山大天狗・子天狗像
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現代仏師協会設立に参加、仏像彫刻教室「普門会」を主宰
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1992年から続く現代仏教美術展には毎年出品し、昨年は大天狗・子天狗像を出品(写
真左=四国西条の石鎚神社)。1993年には現代仏師協会設立に参加。また松久宗琳仏所主催の宗教美術展にも同人として毎年出品。このほか、一般への仏教美術の普及のため仏像彫刻教室「普門会」を主催するなど、目まぐるしい活動を続ける。「仏様と遊ぶ気持ちで…」、倶忘師の一般へのアドバイスである。
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