釈迦如来坐像
如意輪観音菩薩
毘沙門天立像
愛染明王坐像
一刀三礼の心で周りの余分なところを彫り、木の中の御仏をお迎えする。
仏像は美術品ではなく礼拝の対象
仏像の「佛」は「人に弗ず」と書きます。この文字のように人体に似て人体を超えたのが仏像だと思います。その違いを仏像では三十二相、八十種好で現しています。 また仏教の心を文字で表現したのがお経なら、それを形にしたのが仏師の仕事だと考えております。修行時代に二人の師、父・宗平と松久朋琳先生がよく言われた言葉が「仏像は彫るものではなく、木の中におられる御仏を木屑を払ってお迎えすること」でした。仏像は「美術品ではなく礼拝の対象」も二人の師に教えられたことです。
江里康慧(えり こうけい)
仏師・江里宗平の長男として京都に生まれる
京都市立日吉ヶ丘高校美術課程彫刻科卒業。
松久朋琳・宗琳師に入門
京都府三千院金色不動明王立像。三千院より大仏師号を賜る
ベルギー・アントワープ慈光寺阿弥陀如来立像、京都府西本願寺阿弥陀如来立像、奈良県唐招提寺鬼子母神倚像など多くの仏像を制作。海外での評価も高い。 妻の江里佐代子は人間国宝の載金師。現在、龍谷大学客員教授、同志社女子大学嘱託講師。
平安時代中期の仏教荘厳の技法を現代に受け継ぐ截金師・江里佐代子(人間国宝)
截金(きりかね)は仏教伝来のころ朝鮮半島から伝えられ、日本の仏教美術では法隆寺金堂の四天王像などに痕跡が見られます。截金が最も発展したのは天皇や摂関家による仏像仏画が盛んだった平安時代の中期ころで、極楽浄土を顕現しようとした造像の加飾荘厳に截金は適していました。しかし、手間のかかる截金は仏教美術の凋落や金泥技法の出現などで衰退し、その名称すら忘れ去られしまいます。細く截った金箔を貼りながら文様を描く截金は、根気のいる作業です。「この仏像に、ぜひ截金を」というお方は、当初は少なく、最近になってようやく増えてきました。